神鳥の卵

第 35 話


スザクは懐中電灯を手に屋敷の壁の外、山の中にある獣道を歩いていた。ナナリーの護衛の時に着ている警備員の服で辺りを探るように歩いては、ドローンの残骸らしきものがあれば袋に入れ、夜間の警備をしていますよとアピールする。普通に考えれば夜間にこんな場所を懐中電灯片手に周りはしない。さらに言うなら一人で回るなんて論外。
だが、相手はこの作戦が成功すると確信しており、そんな違和感にさえ気づいていない。警備員がたった一人でこんな所にいることに疑問も感じない。彼らは信頼できる情報に全てを任せ、自分の脳みそを一切使っていないのだ。

『K-1、間もなくポイントに差し掛かる』
「了解」

これが罠なら撤退指示が出る。
撤退指示がないということは、罠ではない。
イエスかノーか。白か黒か。おそらくはそれしかわからないから、普通に考えればあからさまな罠であるこの状況にも迷わず、警戒心のかけらもなく、轟音と共にKMFが姿を表す。
予定通りの反応にスザクは苦笑する。

「ゼロ、お迎えにあがりました」

KMFのハッチが開き、余裕たっぷりの笑みを浮かべながらその男は会釈をした。



『こちらQ-1。K-1は予定通り敵に捕縛されました』

監視していたカレンの言葉に、ルルーシュは口元に弧を描いた。

「作戦を続行する」
『了解です』

カレンの声に焦りはなく、淡々と言葉を紡ぐ。

「いいのか、ルルーシュ」
「ああ。何も問題はない。すでにナナリーはアーニャと共に避難済みだ」

何も心配はないと、幼い子供は笑った。
小さな子供が悪そうな顔をしてふんぞり返るその姿に、普段であれば可愛いと絶賛し写真の1枚でも撮るところだが、魔女もさすがに空気を読む。

「そういう事ではなく・・・」
「これで、敵は後戻りは出来なくなった」

ルルーシュは笑みを消し言った。

「今までは、いくらでもやり直しができる状態だったが、スザクを手にした時点で不可能となった。100%安全な状況になるまで待つことが不可能になり退路が絶たれたことに気づいていない」

敷地内を予定通りのルートで移動する青い点・・・スザクが持つ発信器の光を見ながらルルーシュは言った。
それは物理的な退路ではない。
いままでいくらでもあった敵の時間が有限になったという事だ。
ルルーシュが動いて相手は策に気づく。
未来を読む・・・いや、未来を見ることが出来る能力で、将来起こるはずだった事象に変更を加えるギアスなら厳しかったが、自分たちにとって不利益になる未来を感知し、どうすれば自分の望む道に進めるのかの成否をを判断する能力であるならそう難しい相手ではない。それも、見ることのできる先の時間に制限があるなら余計に。スザクが捉えられたということはそういうことだ。これから行動する未来は、相手には見えていない。見えていたなら、撤退したはずだから。
相手が見ているのは、今現在の状況に何も手を加えなければ起こるだろう勝利。だが、人の世は常に変化し、手が加えられる。一つでも変化が起きればその未来は崩壊し、新たな未来が現れるだろう。敵に有能な軍師がいたなら、こちらがどう動くかあらゆるパターンを予測し、様々な未来を見るて対策を練るだろうが、相手はそれを行っていない。
あまりにも有能すぎる能力を得たがゆえに策を軽んじ、高過ぎる精度ゆえに敵を軽視し、その結果を盲信してしまうほどの異能であったがゆえに、皆が思考を停止した。
もしルルーシュがその力を得ていたなら、黒の騎士団はもっと多くの戦果をあげ、彼らの歩む未来は全く違っただろう。とはいえ、能力の裏をかける策略家・・・シュナイゼルがいる以上、能力の詳細はいずれ悟られ、その対策を練ってくる。この能力の一番の弱点は、過信すること。敵に能力を悟られれば、その時点で諸刃の剣と化す。
ルルーシュは小さな手を目いっぱい動かし、作戦の指示を出す。
まるでピアノの鍵盤を指先がはじき、曲を奏でているようだ。
打ち出された文字は機械音声となり、彼の忠実な駒へと伝わっていく。

「しかし、なぜ死んだスザクを欲しがる?」
「言っただろう?最強だからだ」
「だが、死んでいるだろう?」
「スザクは強すぎた。死神と呼ばれるほど多くの戦果を上げたことで、あいつの戦場での記録や映像は数多く残っている。データの大半は黒の騎士団で保管しているが、各国にもそれなりに保管されている。何より、かつて最強を誇っていたビスマルクたちとの一対多の戦闘は全世界に中継された。それらを見れば、最強は幻想ではなく現実なのだと突きつけられる。結果、枢木スザクの名は今では最強の代名詞となり、自ら最強を名乗るためにはスザクを越えなければならなくなった。だが、死者を超えることは当代最強を誇るカレンでも無理だ」

最強となったスザクの名は下がる事はなく上がり続ける。
人の記憶が年月を経て変わるように、最強の名を得た騎士に対する記憶は変わり、理想や思い込みが死者を美化し、更にその名声を押し上げる。かつて最強を誇っていたナイトオブラウンズにたった1騎で挑み勝利したあの演出は、何より人の心を虜にした。憎むべき悪逆皇帝の騎士だとわかっていても、人は人類最強という言葉に弱い。

そういう経緯があるから、あの最終決戦でスザクに勝ったカレンが本来は最強となるはずなのに、いまだにスザクが最強のままなのだ。事実はどうあれ最強の生者の名声が最強の死者の名声を超えることは難しい。

「スザクを超え、最強になりたい・・・か」

データ上で勝っても仕方がない。それで済むならすでにカレンが最強だ。だから生きたスザクを欲する。
ゼロレクイエムでの元ラウンズとの戦闘、ダモクレスでの紅蓮聖天八極式との戦闘を超える、歴史に名を残すような舞台を作り上げ、スザクを表舞台に引きずり出し、幻想を消し去った上で確実に勝利する。
・・・まあ、スザクを手に入れるための建前としては十分な理由だろう。

「ジルクスタンといったか」
「ああ。傭兵を生業にしていた戦士の国だ。世界が平和になったら戦いが無くなり国が立ちいかなくなるから、黒の騎士団の軍事訓練や軍事演習のための特別枠をあの国には用意したんだが」

不穏な芽はさっさと取り除くに限る。シャルルが攻めるのを諦めた遺跡のある国であり、ルルーシュも長期戦になるだけでなにも利はないと考え、小競り合いをする事で押えこんだ国。実際あの国の戦士の錬度はかなりのもので、ラウンズのような一騎当千を生み出すのは難しいが、下位の兵士の能力をあげ、全体の戦力を向上させる事に関しては右に出る国はないだろう。国土の特性から二足歩行ではなく四足歩行のKMFが主力として開発されており、その事だけでも黒の騎士団にとってジルクスタンを吸収する大きなメリットがあった。

「それで国としては何とかなったんだろう?」
「経済的な問題はな。これはプライドの問題だ」
「プライド?」
「戦士の国とまで言われ、侵略戦争でもブリタニアから自国を守り続け、更には他国に戦力を供給し続けた。ジルクスタンの戦士は最強なのだと自負しているのに、世界的に見れば最強の名は枢木スザクが持っているからな。記録を見る限り、最初は正攻法で最強の名声に挑み続けていたようだが、いまだに最強の座は奪えていない」

枢木スザクは過去の遺物。自分たちこそ最強だと示しても、世間はそうは思わない。なにより、黒の騎士団にはジノやカレンといった一騎当千の猛者もいて、彼らの思うように事は運ばないのだ。

「ずいぶんと幼稚な理由だな」

自分たちが最強だと示すためだけに世界を混乱させかねない行為をする。黒の騎士団のおかげで自国が保たれたのに、その恩に砂をかけるか。

「だから、わかりやすいんだよ」

なにをするにも安いプライドが前面に出るからな。
小さな魔王は冷たく笑った。

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